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今年のちゃんこライブと祇園祭の京都で・・・

毎日蒸し暑い。
あー、暑い。。。
今年はなんだか夏らしいね。夏でも寒かったり、雨がずーっと続いたり。でも今年はなんだか良い感じ。こんな日は、海にでも行って夏休みしたいな。


名古屋場所、開催されてますね。
良かったです。
一連の騒動の中でも、場所の開催と、そして土俵に上がったら勝つために頑張ってきた力士たちのためにも、開催してほしかった。

良かった。

名古屋の夏は、他の地域に比べると、非常に暑いと思います。
なんていうんだろ?暑さがまとわりついてくるって言うのかな?べたべたと自分の周りがいつまでも暑いんだよね。

現役の名古屋場所では、とにかくバテないようにひたすら食べた。
食べて食べて食べまくり。
おかげで夏はいつも体重が増えてたな。
それともう一つ。
目覚めの梅干しと水を朝、稽古前に取ってました。
汗をかけば、水分だけではなく塩分も失われます。寝起きの水分補給と塩分補給は朝に!身体の疲れ方が全然違うんだよね。

ちなみに今も続けてます。
今はお水の中に米酢を数滴垂らしてます。甘い黒酢等は太るしね。(笑)便秘にも良いとか。

さて、6月6日・東京を皮切りに、各地で行いました『ちゃんこライブ』も7月4日の大阪で千秋楽。

各地、お陰様で大盛況。
会場にお運びいただいた皆様、本当にありがとうございました。
初めて来てくださった方もいれば、昔から応援してくれている方も。嬉しい限りです。

今年はファンクラブ『まんぷく会』の立ち上げ記念として、埼玉の川越市、福島の郡山市、大阪は追加公演で。全部で5箇所でやらせていただきました。

各所とも下準備から歌までと、てんやわんやの1日でしたが、僕の作るちゃんこを皆さんが『美味しい!美味しい!』と言って食べてくれたことに感謝します。鍋があっという間になくなってしまったのには驚きました。

ライブでは相撲甚句や歌のほかに、自分の経験を基に力士の暮らしの様子も話しましたが、いまの力士たちも時代は変わってもそれぞれの年代の苦労はきっとあるはず。寂しさや痛みに堪えながらも、土俵に向かう力士の姿に感動します。

今場所は残念ながら、NHKの中継はされませんが、僕は土俵に向かう力士たちを心から応援したいと思います。
みんな、郷土の、両親の、兄弟の、そして応援してくれる人たちの思いを背負ってます。我々の思いで、力士たちを、協会全体を支えてあげたいと思います。

心から応援してます。


~祇園祭真っ最中の京都で~
5日~京都にてドラマの撮影に参加しました。

8日夜に東京に戻るも束の間、京都に舞い戻り、また撮影に入りました。何のドラマかは秘密ですが、今回、相撲の指導・監修もさせていただきました。もちろんまわしをつけて相撲も取りましたよ。

指導の中でとある有名な役者さんが・・・
『相撲の基本動作や稽古って、なんだか簡単そうに見えていた。でもこうして実際にやってみると力士たちの苦労や凄さがわかる。相撲取りってすごいんですね!』と。

僕は今回、このドラマに出させていただいて、相撲の監修もさせていただいて、本当に良かったなと思う一言でした。
役者は、いや、役者も大変です。今までやったことないのに、撮影のためとはいえ、それを即座にやるんです。

筋肉痛になったとも言ってました。

でも目を輝かせ、僕の言うことに耳を傾け、そして実行してくれる。嬉しかったです。

ドラマのスタッフの方々、俳優の皆さん、お世話になりました。
オンエアーが楽しみです。

ちなみにオンエアーは秋です。
またまんぷく会やホームページでもお知らせすることと思いますが、どうか楽しみにしていてください。

さあてと。。。リセットしてまた頑張りましょう!!!

ファイト!

印象って大事o(^o^)o

貴乃花親方が理事に当選して3日目、協会の中では様々な動きがありました。

元・光法の安治川親方が退職すると言うニュースは僕も驚いた。やはり、誰が裏切り者か?その犯人探しのようなことが行われるだろうと思っていたが、案の定であった。

せっかくの無記名投票のやり方もこれじゃ意味がないよね?


現役の光法関とは・・・何度か対戦がありましたが、足腰の柔軟さと小力の強さにはいつも苦しめられたなぁ。

同じ時代を共に歩んだ光法の安治川親方がこのような形で辞めてしまうとは。

しかし彼の記者会見は実に天晴れ!心から拍手を贈りたいと思いました。

それは貴乃花親方に票を入れたからとか、責任を感じて潔く辞めるからとかではなく、『この人なら相撲界を変えてくれるのではないか?』と言う思い。そう、若い親方も、いま、相撲界は改革の時と思って、自分では出来ないが、この人ならと一票を投じた。
その気持ちに拍手を贈りたい。

本人は清々しい気持ちと言っていたが、未練で一杯だろう。しかし、会見の受け答えは立派だった。

自分は間違っていないと胸を張っていた。


新理事の貴乃花親方も記者との受け答えは素晴らしいものがある。言葉を選び自分の一言一言が相撲界を背負うと言う責任感が伝わってくる。

しかし、落選した親方にショックで言葉が出ないと私感を言った方、また、横綱問題の事情聴取をした会見でしどろもどろの話し方は、果たして協会を背負うと言った重大さは伺えなかった。

また僕の兄弟子の阿武松親方の受け答えも素晴らしい。初場所後の会見は同部屋から2人同時の新十両昇進の為であったが、テレビに写ったのは理事選前の貴乃花親方の当落云々の事が報道された。


しかし、会見に来てくれた記者の皆さんには、部屋でちゃんこ鍋を振る舞ったそうだ。

弟子の昇進祝いに師匠として最高のもてなしである。きっとこの記者の方々は、来場所、阿武松部屋の新十両力士を応援する事でしょうね!

立派な考え方を持つ親方衆に、協会の先頭に立ってもらい、お客様のために、ファンのために、これからの角界に期待をしたいと思います。


心から応援したいと思います!

頑張れ!貴乃花親方

頑張れ!阿武松親方

頑張れ!阿武松部屋の新十両の二人(^-^)/


追伸・・・
ここまで書いて、、、安治川親方、、、退職撤回したって。
あー、良かった。

相撲甚句レジェンド

相撲界を去って歌の道に転身して丸6年が過ぎました。

角界にしか生きたことがない自分、世間の左右もわからずに、失敗を繰り返し、ここまで頑張らせてもらいました。

現役の頃から魅せられたイタリアの盲目の歌手『アンドレア・ボッチェッリ』いつかこの人のようなオペラシンガーになりたい!という夢を抱いたのがきっかけで、今こうして数多の舞台に立たせていただいていますが、歌手に転身したころ、相撲甚句を歌いたくなくて仕方なかった。
せっかく歌手としてこれから頑張るのに、相撲を利用するような気がして嫌だった。相撲と・・・甚句と・・・縁を切りたかったんだと思います。

しかし、僕の知り合いやお客様は
『甚句を歌って!』
『相撲時代の話を聞きたい』

うんざりと思う日々だった。。。

相撲界を引きずるようで嫌だった。

しかしある時こう考えた。

『大至は相撲のイメージだから・・・。今回の仕事は別の人で行こう。』
相次ぐスキャンダルで決まっている仕事をキャンセルされることもありました。

なんだよ!俺はもう相撲界を去っているんだから関係ないじゃないか。そう思った。しかし、周りはそう思わなかった。

僕から相撲は消えない。相撲取りだったという過去は消えない。

そう、僕から過去は消えないんだ!と。

だったら、今の相撲界を、力士を、土俵を甚句で応援しようじゃないかと。。。

『親元離れて初めて親のありがたさがわかる。』

それと同じことで、『相撲界を離れたからこそ、そこにいた時のありがたさが今わかる。』角界に身を置かせていただいた頃はありがたみが何らわからなかった。いつも不平不満を言っていたと思う。しかし最近では、こんな素晴らしい世界は2つとない。ましてや、伝統を受け継いできた力士だったんだと。今、振り返れば力士であったことを誇りにさえ思います。

それなら、相撲から離れてしまったお客様にもう一度戻ってもらうために、また新たに相撲を観る方々にも、僕が出来ること、僕にしか出来ないことはと考えたら。。。やはり相撲甚句を歌うことに、相撲の経験したことを話すべきだと言うことにたどり着きました。

僕ができること。僕にしか出来ないこと。

相撲甚句という、角界に昔から伝わる文化を現世に!聴き慣れた人にも初めての人にも、この甚句が相撲ファンになる突破口になってほしくて、僕は心から楽しんで甚句を作ったり、歌ったりすることに決めたんです。
譜面もない。マニュアルもない。甚句の中に決められたことは何にもない。でも節はたったひとつ。字数だって・・・7・5調とは言えど字余りになってもなんでもいい。

聴く人に言葉が伝わればいい
聴く人に心が伝わればいい
聴く人に哀感が伝わればそれでいいんです。

人それぞれの歌い方、表現の仕方がそこにある。
誰が良いんじゃない。みんなが良いのである。
上手いとか下手とか関係なく、楽しんでやれればこの上ない喜びであります。

今の甚句の愛好会は全国にいくつもある。
派閥というか、○○グループとか。。。
僕はどこにも属さない。甚句を歌うのにそんなの関係ない。
楽しんで歌えればそれでよいではありませんか。

僕はそう思います。

そこで今回、この文化を後世に残したくて、伝えたくて、相撲甚句のCDを制作することにしたんです。

もともとは甚句の作詞の先生、下家先生からの一言がきっかけだった。甚句の王様『当地興行』この一曲だけを収録したCDを作りたい。と。

なるほど!それ、面白い。是非やりましょう!

それから甚句のCD制作のプロジェクトが出来、スタッフ間で色々とやり取りが始まりました。CD制作の術も知らぬも、色んな方々に手を借りました。
皆さんのおかげで、色んな音源が集まりました。
大昔に収録された音源であったり、太鼓の音入りや音頭風の一風変わった甚句であったり。
聴いていて飽きない、面白いものがたくさん揃いました。

また今回、新録として現役の関取はじめ、現在ご活躍の甚句名人にもご参加いただきました。
もちろん・・・僕も新録させてもらいました。
そしてなんと、グローバルの時代だからこそ、英語の歌詞でも歌いました。海外のお客様にも楽しんでもらえると思います。
全米デビューも間違いなし・・・?かと。。。

歴代の名人と呼ばれた方々を集結した一枚。

懐かしさと新鮮さがギュッと詰まった一枚。

自分自身が初めてプロデュースした甚句のCDがもうすぐ出来上がる。なんと嬉しいことでしょう。

もう少しで出来上がる喜びに、お世話になった皆さんに心からお礼を言いたいです。ありがとうございました。

年明け早々には、各地を回りますよ!
また情報は追々!

(DiscographyからCDの詳細が分かります。是非ご覧ください。)


初の大至プロデュース・相撲甚句CD
「相撲甚句レジェンド ~競演、当地興行~」
<古今名人が夢の揃い踏み>相撲&甚句ファンにとってはまさに豪華絢爛、夢の当地興行集

その人それぞれの歌い方、表現の違いはもちろんであるが、歌い手の魂を感じてください。

土俵に命をかけた力士の心意気がきっと感じられます。

自作の甚句・・・②

『尊い命』

アー 
母に抱かれて 優しさを
父に強さを 教わって
でこぼこ 坂道 がむしゃらに
命をかけて ひた走る
汗と涙を ぬぐいながら
たどり着いて いまここに

私の顔を 忘れても
私の声が 聞けなくも
この手に 伝わる ぬくもりで
いのちの 尊さ 教えてくれる
いのちの 尊さ 教えてくれる

お国の 為にと 散るじゃなく
生きて 帰ると 誓った日
喜び 悲しみ くり返し
たどり着いて いまここに

私の顔を 忘れても
私の声が 聞けなくも
この手に 伝わる ぬくもりで
いのちの 尊さ 教えてくれる
いのちの 尊さ ヨーホホイ
アー 教えてくれる ヨー
アー ドスコイ ドスコイ

2009年9月14日 大至ライブ『いっしょの時間』にて披露


生きることとは何だろう

死ぬこととは何だろう

お盆に日立の実家に帰りました。その時、父は随分と歳を取ったと感じたんだ。

あんなに元気だった父が。

あんなに酒の好きだった父が。

あんなに笑っていた父が。。。

父の背中が小さく見えた瞬間だった。。。

体調がすぐれず、思うように行かない自分にもやきもきしているような感じ。昔から頑固で強情なところがあった父だから。こんなに弱った父は本当に初めてだ。

夜に背中をさする。腰や首をもんであげた。。。
 
その背中から僕の手に伝わるぬくもり

『伸、父ちゃんはこれまでしっかり生きてきたんだぞ!まだ、これからもしっかり生きていくぞ!』と、伝わってきた。

今の父ちゃんをよく見ろと。
人間の人生を。俺の生きざまを。よく見ろと。

背中をさすりながら涙が出た。

命の尊さというものを、父の背中が教えてくれた。

若いころ戦場に行った父
結婚して家庭も仕事も順調に行っていた頃
僕らをしかっり育ててくれた日々
相撲の応援にもいつも来てくれて、父の顔を見ると、それだけで勝てるような気がした

いつも子供のためにと働いて、いつも子供に食べさせようと

何不自由なく育てられて・・・

はたして、今、その恩を親に返せているか・・・

僕はまだまだ親孝行は出来ていない。

もっとそばにいたい
もっと話をしたい
もっと顔を見たい

離れて暮らす父と母に、なにも出来ていないけど、せめてもの孝行にと、たとえ知らない人にでも、困っている人には手を差し伸べたい。それがきっと、僕にできる親孝行だから。。。

直接、自分の親に出来なくても、それが回りまわって親に親切にしてくれる人が必ずいると信じて。


父も最近は元気になってきました。

まだまだ、僕の歌う姿を見てもらわなきゃ。。。

自作の甚句・・・①

長らくご無沙汰しちゃいました。。。

今月19日からはじまるミュージカル『ヘルパーズ』の稽古で毎日バタバタです。芝居も歌も、良い感じになってきましたよ!

初日が待ち遠しいです。


さてさて、本日は相撲甚句について・・・

もうすぐ僕の初のプロデュース作品が出来上がります。

『甚句は同じ歌です。ただ、アレンジの違い。』
事務所のスタッフはそう言ってくれました。

なるほど。。。そうだよな。。。歌い方も作り方も、その時の気持ちを素直に出せばいい。

僕の肩の荷がフーッとおりた瞬間。

このブログに、自作した歌詞を載せてみようと思いました。

先ずはこれです。。。


『日々の幸せというものは』

ハァーエー
目を見て話せば心が通う ヨー
アー戦い終えて駆け寄って
初のメダルで大興奮
自分の力で勝ち取った
結果は私も認めるが
負けて泣いてる人もいる
競技者演者の幸せは
結果がすべてとは限らない
五輪の報道例えれば
メダルの色数それよりも
日々の努力とこころもち
今ある力を発揮する
環境作りと集中力
備えて向かう姿勢こそ
描いた夢への近道に
君が歩く道程に
数多の壁があろうとも
それを破る強さと
それを砕く優しさを
しっかり心に受け止めて
心や体が痛いのは
一生懸命その証
そんな君を尊敬する
人はいつでもアスリート
自分の目標ひたすらに
毎日歩き続けること
それが『幸せ』とヨーホホイ
アー 言うもの ヨー 
アー ドスコイ ドスコイ

(6月、7月のちゃんこライブにて披露)


僕の長男・大祐は水泳をやってます。
その記録がだいぶいい感じで伸びてきて。。。
その伸びてる時って、気持ちが浮かれるんです。そんな時にこそ怪我もするし、鼻も高くなるし感謝の心も忘れがち。。。


だから、うぬぼれんな!という気持ち、父の、指導者の、経験者の気持ちで書きました。。。

メダルの色より、日々の練習ができる環境に感謝してこそ、それが記録につながるということですね。。。


あー、なんか自分に言ってる感じ。。。(笑)

地球の一部。

さっき、坂口憲二さんが出演している番組を見ました。

ニュース番組の特集かな?

彼は俳優でサーファーだと自分で言いきるらしいです。
彼は容姿も爽やかでワイルドで、なかなかかっこいいですよね。
ファンがたくさんつくのも、今日の番組のコメントでよく分かった気がしました。

サーフィンが大好きで、数年前に都内らか海のある街へ越したらしいです。都内にいたら、休みの日などはテレビを見てぼーっと何気なく一日過ごしてしまう。

でもこの町にいたら、何かせずにはいられない。
町の人は何もないところで生活しているから、自分自身で何かを見つけ、そうやって毎日生きている。と。

ここにいたら自分に必要な人。そうでない人の区別がつくとまでいってました。。。

なるほど。。。

そしてもう一つ。さすがサーファーらしいというか、ほんとにこの人は海を、波を、人を愛しているんだなぁ。。。と思いました。

『僕らはこの地球に生まれたんだから地球の一部なんだ。大好きな海でサーフィンができるのも先人のおかげなんだと。この自然を守らなければいけないし、100年後のこの場所で波に乗るサーファーに、僕らと同じように楽しんでもらいたいから、自然に返らないプラスチックやペットボトルのごみは捨ててはいけない』

そう言っていた。。。

今の若者に。そして平気でゴミを捨ててしまう人たちに、とても良い教訓だと思いました。

僕は先日、『ビーチ相撲協会』という団体が立ち上がりましたが、その発起人になりました。

会長は元・幕内の玉海力さん。
彼の意見に賛同して、発起人になりました。

この団体はビーチバレーの団体と同じく、日本ビーチ文化振興協会というNPO法人が主となり活動してます。

イベントの時などは、選手、関係者、お客さんみんなでゴミ拾いをやります。

大切なのはその時だけのパフォーマンスだけではなく、ビーチに町に、ゴミが落ちていたら拾わなきゃ。その前にゴミのポイ捨てはやらない。。。

やっぱりこれが基本です。

この町、いろんなところに先人は眠っています。
昔の戦争で命を失った人もいれば、災害や事故に遭い、その場で命を落とした方もいるでしょう。。。

タチションやつばを吐いているそこの人。。。
自分の先祖にそんなことしますか?

僕たちは地球の一部。
恩恵を受けて育っています。

自然の力は怒ったら本当に怖い。
人間が自然を大事にしないから、だから怒るの。
その結果、土砂崩れや地震などの自然災害になっちゃうんだね。

小さなことから、できることからやりましょうよ。
僕はゴミを捨てません。
僕は道につばを吐きません。
我が子にもそう指導します。

きっとそれが地球を守ること、ご先祖を敬うこと。
きっとそれが未来の子供たち、世界の子供たちを守ることだと僕は思います。

僕たちは地球の一部です。

坂口憲二さん、僕もあなたの言葉に感銘を受けました。。。

ありがとうございます。

あいさつからはじめよう

というタイトルなんで・・・

こんばんは。大至です。
子供のころ、家庭でも学校でも、まずしつけられることって『あいさつ』だよね・・・!
僕は見知らぬ人にはともかくとしても、同じマンションの人や子供つながりの親御さん、同僚やお世話になる方など、明るく笑顔で『おはようございます』『こんにちは』『こんばんは』という挨拶を忘れずに心がけています。

(たまに忘れることあり・・・。)

人と人が出会って、先ずは『やぁ!』とか『おぅ!』とか。
親しい仲の挨拶もあれば、初めての方や上司には丁寧に挨拶するのが普通だよね。。。

ところが・・・こちらから挨拶してもフンでもなければスンでもない人、いますね。。。
まぁ、相手からの挨拶を期待して、こちらから挨拶するわけではないのですが・・・。しかし自分ならされたら大きな声で返します。

これが、たぶん普通のことだと思います。

子供同士が同じサークルの中の親、目も合わさない方います。
なんででしょ?
なんか悪いことしたかな?と悩んじゃいます。

妻曰く、『まぁ、いろいろあるんじゃないの?』

深くは言いません。
ここで愚痴っても仕方ないです。

でもこれからも、その方にあっても誰にあっても、元気に笑顔であいさつします。

もちろん僕の子らにも挨拶はうるさく言います。

こう言っても自分も忘れてしまいがちです。。。
お礼状とかもそうだよね。。。

そう。人にうるさく言うからには自分が先ずやらなきゃいけないね。

その日のスタート。その日の初対面。

元気に笑顔ではっきりと

あいさつからはじめましょ!

プロの仕事とは・・・

僕はあまり野球に興味がないんです。
しかし本日、我が息子の学校の同級生とそのご家族で、プロ野球の応援(千葉ロッテマリンズ)に行くとのこと。久しぶりの家族の時間と思って、僕もそのイベントに参加しました。

初の千葉マリンスタジアム

潮風が頬を撫でて、なかなか気持ちの良い場所です。
と思いきや、海のすぐ傍ということもあり、潮風で体がすぐにべたべたになりました。。。

何度もこの球場に応援にきて、選手たちの迫力と野球の面白さに、早く中に入りたい!とはしゃぐ息子たちと一緒に会場入り。

グランドでは両チームの選手が守備の練習中でした。

席はというと・・・実はロッテマリンズのとある選手の奥さまと知り合いということで、今日、応援に行くとメールをしたら、バックネット裏のお席をわざわざご用意してくれた。

こんな席に座るのは初めて。

さっそく興味津々でその練習を見てました。。。


そこで、、、なるほどなぁ。。。と感心したことがありました。

ノックするコーチの打球の速度、その球を受けて、投げ返す選手達のその球の速度、ボールのつかみ方から足運び、腰の構え、投げた後の姿勢。どの動きをとってもそつがなく、なるほどこれがプロの仕事だなぁ!と感じたひと時でした。


本番の試合も、一回一回が、それはそれは美しい。
一人一人の選手の動きはもちろんのこと、ライトアップや芝のグリーンの色、応援のチアリーダーやキャラクター達も、すべてが魅せてくれる。観客を飽きさせない演出に、やっぱり総合的なプロの集団なんだなぁ…!と感動しました。

これだもん、プロ野球ファンは多いんだなぁ。と思いました。

選手の体のバネ。これはさすが!

そりゃぁ、選手だって人間だからエラーもする。
思うようにも行かないときもあるだろう。

しかしそれらも全てが格好良くて絵になる。

トップアスリート。
毎日の練習がこういったプレーになるんだな。

僕は本当に野球には詳しくない。あまり興味もない。
しかし今日はいろんな意味で本当に勉強になった一日でした。

主となるチーム、それを支えるスタッフ、売店の売り子さんやレストランのスタッフに警備員。

みんなが思うのは、そりゃ仕事だから当たり前かもしれないけれど・・・。でも、一人一人の心は、来てくれたお客様に感謝の念があるから、大切にしてくれる。

気持ちよく観戦できて気持ちよく帰してくれる。

我々の仕事もある意味サービス業
しかし100人のお客様全員を満足させて帰すのはこりゃなかなか難しいこと。あれがどうだこれがどうだとお客様が意見や不満があるのは当たり前。

しかし、すべては主となる本人が軸であること。

今出来ること、今、しなければいけないこと。

その軸がしっかりしなければ、お客様も不安になるし、スタッフだってついてこない。周りを動かすのも自分の気持ちということ。

今日の試合、会場、スタッフを見てすごく感じました。

僕はこれからも音楽で生きていきたい。
自分らしい表現で、多くの皆さんに語りかけていきたい。
自分にしか出来ない感じ方で。自分にしか出来ない表現で。


自分に自信をつけるためには努力と経験。
常に前向き。常に笑顔。

最高の毎日。最高の瞬間をいつも生きていたい。

お陰さまで終了しました。

東京と名古屋のちゃんこライブを、今年も企画させていただき、皆様のお陰で終えることができました。。。

関係者の皆さんはもとより、お越しいただいたたくさんのお客様、本当にありがとうございました。

先日3日の名古屋公演は、180名以上のお客様で会場が溢れんばかりでした。

ちゃんこをお召し上がりいただく際には・・・皆様に窮屈な思いをさせてしまい申し訳なかったと反省しております。

せっかくのちゃんこもバタバタで・・・落ち着かない。と、色々とおしかりのお言葉もいただきました。

この場をお借りしまして、お詫びいたします。
本当に申し訳ありませんでした。

ステージ、音響に関しましては、最高の状態でやらせていただきました。ライブハウス『ELL』の皆様、ありがとうございました。


また来年も企画させていただきたいと思います。
これからも、お客様皆様に喜んでいただけるように精一杯の配慮、努力をいたします。
これに懲りずに、どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。

ちらし寿司が食べたくて…

茨城の日立市、市役所の近くに店を構えて約50年

僕たちが育った源『たかの電機商会』
父の店が今日(6月30日)で千秋楽を迎えました。

社長として長年頑張ってきた父も、20年以上も前に一線を退き、昔からの従業員として、長年父を支えてくださった小泉さんに代表を譲り、影から支える存在としてここまで来たものの、やはり時代の流れと申しましょうか・・・。店舗の移転に伴い、現在の場所にある店をやむなくたたむことになった次第です。

僕たち兄妹は、そんな大切な日なのに、何にもすることができなかった。

さんざんお世話になった店に、父母に、ただ、電話でありがとうを伝えただけであった。。。

振り返れば、小学校の頃、この店でお手伝いをさせてもらった。
初めてのバイトというところかな?
店の掃除や片付け。特に何をしたというわけでもなく、それでお駄賃をいただいたり、近くの寿司屋でご馳走になったり。

そう。寿司が食べたくて手伝ったようなものだなぁ。

寿司屋に一人で行かせてもらったこともあった。今考えれば、なんてぜいたくだったんだろう。。。

大好きな寿司。たぶん食事の中で一番の好物が寿司である。

店から歩いて3分くらいのところにある
日立市民会館前『福寿司』。
先日、会館に仕事で行った際に、寿司屋さんを眺めながら・・・いろんなことを思い出しました。

『並』という字が読めず、上のちらし寿司を注文したのが、僕の寿司屋デビューだった。当時、確か・・・800円前後のちらし寿司は最高のご馳走でした。

寿司屋の皆さんにもかわいがってもらったなぁ。。。
30年以上も前の話である。。。

僕も今年で41歳。
東京に上京してきて26年目の今年、父の思い出がたくさん詰まった、大切な店が終わると聞くと、やはり寂しい。

父の思いは果たして。

複雑だろうな。

これから両親に対して僕ができること。

年老いた両親に対してできること・・・

それは日々の生活の中で、幸せに暮らすことが最高の親孝行だろう。

裕福に過ごすとか、贅沢な日々を送るとじゃなく、妻と子供たちと元気な毎日を送ることだ。


親のために家族のために、なんとか頑張らなきゃ!
ご恩返しをしていかなければならないと改めて思いました。


たかの電機のお店、今日までお疲れ様でした。
お世話になったたくさんの皆さんにも感謝です。
長らくありがとうございました。

僕たち兄妹を育ててくれて、本当にありがとう。

『お父さん、長い間御苦労さまでした。』
その言葉が精一杯の僕の気持ち。


80歳を過ぎた父の、電話から聞こえてくる声が、どことなく寂しさを物語っていた。。。

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